History Of Kudanshita

九段南2丁目へ、ようこそ。

かつては富士山が見える江戸一の絶景スポット!?
坂の上の街“九段”

九段下風景この界隈が九段と呼ばれるようになったのは、江戸時代も中ごろのことでした。江戸幕府は四谷御門から神田方面に下る坂にそって石垣の段を築いた当時の石段が九段にも達したことから九段という通称が生まれたのが由来です。

昔は東京随一の高台エリアとして知られ、今の九段下駅から靖国神社方面へ坂を上りきった場所からは神田や日本橋、浅草、本所はむろんのこと、遠くは安房国(あわのくに)や上総国(かずさのくに)(ともに現在の千葉県)の山々まで見渡せたようです。さらに、西に目を向ければ、道の正面に富士山の全容を拝み見ることができました。
現在は、九段の坂から東京スカイツリーが見えます。

職業が交差する街 ~政治家、文豪、芸娘、路面電車の記憶~

九段下風景 九段の坂は、関東大震災以前はいまよりさらに勾配がきつく、坂の下に荷車を後押しして生計を立てる「押屋(おしや)」が常に集まり、客を待っていたほどだったようです。
九段坂の上には、江戸時代より幕府に勤める役人たちの武家屋敷が造られている歴史があり、政治家や役人達の居住地として栄え、料亭政治という言葉も産まれると同時に、芸妓屋などの花街として盛隆を極めました。

~プリセプト流おもてなし~

九段下風景 現在では障子窓から富士山は見えないし、芸妓の舞もありませんが、伝統的に日本を代表する職業人が集っている街、九段南2丁目。その街独自のおもてなし技術の継承を次世代に受け継ぎ、私達プリセプトは元祖山の手気質を息吹く街の一角のオフィスビルで、これからの日本の未来を築くエグゼクティブの方々の来訪をお待ち申し上げております。